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かぐや姫の物語

 

見たいと思った映画でも公開初日に行くことって殆どないのですが、ちょうど予定がなくなって1日まるっと開いたので見に行く事にしました。
公開している映画館が多いせいか、わたしが見た回が2回目だったせいか、人の入りは6割~7割と言う感じ。前の方の席は数えるほどしか人がいなかった。ロビーにはあんなに人がいたのに。

「風立ちぬ」とほぼ同時に制作が発表され、先に公開された「風立ちぬ」はジブリ初のファンタジーなし大人映画という見方で楽しめました。この作品も作画を見る限り子供向けとは言い切れないのかなと思いましたが、原作を知らない子供もさすがに少ないだろうし、作画でもまんが日本昔ばなしのようなとっつきやすさはあったと思います。

消化不良気味なシーンもいくつかありましたが、作画自体は嫌いじゃないよ。帝の顎以外はね(笑)



上映時間2時間17分。この長さがすでに子供向けとは言い切れない。

「今は昔、竹取の翁といふものありけり」と言うよく知られた、しかも学生時代に散々暗唱させられた古文から物語は始まる。まるで「まんが日本昔ばなし」のような展開。まぁ竹取物語ですしね。それ以上でも、それ以下でもない。
ストーリーも子供の時に読んだ「かぐや姫」そのままだった。原作に忠実に作られたものだと言うことは映画を見ていればわかる。そこにキャッチコピーにも使われた「姫の犯した罪と罰」と言うかぐや姫を取り巻く人の不幸や苦悩が織り込まれ描かれている。

翁が竹林で授かった赤ん坊は最初手の平に乗るほどのサイズしかなかったが、乳を飲むたび体が重くなるほど成長が早かった。やがて近所の子供たちと元気に遊び回るようになり、彼女は「タケノコ」と呼ばれるようになる。その中で1番年長の捨丸を実際の兄のように慕う。
時には畑から瓜をこっそり盗んだり、時には雉を追いこんだりと野山を駆け回る日々。しかし美しく育った彼女の幸せを願う竹取の翁が都に屋敷を立てたことから、その楽しい日々は突如として終わりを告げる。
そして連れて来られた大きな屋敷で、彼女の「高貴な姫君」となるための教育が始まる。

竹取の翁の考えている幸せと、姫の考える幸せが100%ずれている。嫗は姫を思って寄り添う姿勢が見られるのが救いだけど、翁はやたら高貴な身分に拘り姫を嫁がせようと必死になってお金や身分、名誉にしがみついているのが見ていてやりきれない。いい加減気づけよと思うんだけど、失ってみないとわからないものってあるしね。

姫の名付け親をと頼まれた斎部秋田は、目の前に現れた姫を見て余りの美しさに目を見張る。秋田は凛としたしなやかな強さを感じさせる美しい娘を「なよたけのかぐや姫」と名づけた。かぐや姫の噂は徐々に都中に知れ渡っていく。
やがて姫には5人の求婚者が現れるが、自分への美辞麗句に例えた幻の宝物を持って来て欲しいと言う難題を突きつけ、5人を退ける。実際に持ち込まれた物は全てが贋物だった。そんな中、ツバメの子安貝を探していた石上中納言が腰を強打し、亡くなったと侍女から聞かされたかぐや姫はますます心を閉ざしてしまうようになる。

よく映画紹介で使われていた、姫が屋敷のふすまを蹴破って着物を脱ぎ捨てながら走り去っていくシーン、今思うとあれがかぐや姫の暴走する感情をとてもよく表していたなと思う。走り続ける姫はやがて自分の生まれ育った里へ戻ってくるのだけど、自分の家だった所にはすでに別の人間が生活していて、捨丸たちが住んでいた家もなく、木を生業とする職人だった一家は別の山へと移って行った後だった。月が見つめる中、姫はついに力尽きて倒れてしまう。その周りを月の使者たちが見守りながら飛んでいた――というシーンは実は夢オチだったんだけど、この辺から月へ帰るフラグは立っていたんですね。

かぐや姫への求婚はその後も止む事はなく、屋敷の前へ文を持った男たちが一目会いたいと群がる毎日が続いていた。そして噂はついに帝の元へも届く。5人の貴公子を袖にしたと言う姫に帝は興味を示し、屋敷へお忍びでやってくる。美しい姫の姿を記帳の影から見た帝は思わず背後から姫を抱きすくめ、求婚する。「私は誰のものでもない」と言う激しい拒絶は、皮肉にも「もうここには居たくない」と言うSOSとなってしまった。かぐや姫は翁と嫗に自分は月の世界の者であり、8月の満月の夜(十五夜)に月へ帰らなければならない事を打ち明ける。

月の世界は清浄で不老不死。悲しみや苦しみがない代わりに喜びもない。しかしこの世は色んな感情と混沌に満ち、生と死が巡り続けている。かつて地球から戻されたと言う月の天女が歌っていたわらべ歌を聞いてしまった姫は、目の前に見える青い星に憧れめいたものを抱く。そして赤子の姿で地上に降ろされ、この世で生きとし生けるもの全ての素晴らしさを知った。所帯を持った捨丸と再会し喜びと共に世界中を飛び回るシーンは、今まで生きてきた中で感じた全ての事と、たくさんの生を育くみ続ける大地への感謝が現れている。(その一方で、すでに妻帯者である捨丸に一緒に逃げようと持ちかけ、捨丸もそれを了承しているのはどうなのかと思ったけど…)
生きるという事は、喜びも悲しみもこの世の全てを受け入れると言う事だ。しかし、たった1度の拒絶が姫と彼女を取り巻く人たちの運命を決めてしまった。そして十五夜の夜、別れはやってきた。

この世であったことを全て忘れてしまうと言う月の衣を着た瞬間、かぐや姫は人間から月の世界の人へと戻った。ふと小さくなっていく青い地球を振り返った時、流れた涙。記憶も残っていないのだから別れが悲しいなどと思うはずがない。けれど姫は確かに泣いた。僅かな記憶が残っていたせいなのか、それとも理由もわからないまま本能で流した涙だったのか。個人的には後者だと思っているけど。

結局「姫の犯した罪と罰」とは何だったのかと、疑問に思った人は多いと思う。映画の中でもはっきり言及されている訳ではないし、各々が何となくこうなんじゃないかな〜と思っている程度のような気がする。レビューサイトを見てみると様々な解釈があってそれはそれで面白かったです。
月の世界とは、かぐや姫を迎えに来た月の人々の中に仏様(らしき人)がいた事から浄土の意味もあるのかなと思います。その清浄な世界に住んでいた姫がふとしたことで地上への憧れと言う禁忌を犯してしまう。何だかエデンの園的な要素も感じます。
「姫の犯した〜」と言うコピーは、竹取物語そのものを根底から変えるような大きな意味がある訳ではないと思う。ぶっちゃけいらないと断言してしまうのはかなり乱暴ですが、この罪と罰への解釈を期待して見に行くと拍子抜けしてしまうかもしれません。制作側の解釈はあれど、結局は見た人それぞれの解釈に任せる意図はあると思うので、映画観てすっきりしたい!と思う人にはどうかなと思う。ただわたしのように2日経った後でじわじわ納得している鈍い奴もいるので、ひと括りには出来ませんが。

かぐや姫役の朝倉あきさん、翁の声を演じていた地井武男さん。地井さんはこれが遺作となってしまいましたがお2人ともいい演技でした。媼役の宮本信子さんホントに包み込むような母性に溢れてました。姫の教育係相模の方役の高畑順子さんイメージにぴったりです。女童は声も姿もこけしのような愛らしさでした(褒めているんです)
しかし帝は何であんな顎星人にした…抱きつかれたかぐや姫がまるで虫けらを見るような目で睨んでいたのがなかなか強烈でした。あれは嫌だよねぇw

「風立ちぬ」と同じく万人に受け入れられるとは思わないし、ヒットするかと言えば難しいと思う。もし別のタイトルをつけるとしたら「新釈・竹取物語」と言った所でしょうか。
しかしこの映画の制作費に50億…どこに50億もかかってるのかそこだけは理解できない…な…

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